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アムネシアは蜜愛に花開く
第6章 Ⅴ アムネシアは蜜愛に花開く

 わたしの頭を踏みつけるほどの憎しみを持つ、義母なりの精一杯の譲歩だったのだろうと思う。

 それでもほんの少しずつでもいい、歩み寄ってくれようとしているのなら、少しずつわたし達の声に耳を傾けてくれようとしているのなら、昔のような関係を築くことが出来るのではないか――そう思うわたしは甘いのだろうか。

 わたしは義母が好きだった。

――アズちゃん、初めまして。ほら、巽。ご挨拶をなさい。アズちゃんよ。

――アズちゃん、はい、あーん。巽もあーん。

 母親の愛を知らないわたしにも、巽同様の無償の愛情を注いでくれたひとだったから。

――この売女っ!

 ……憎まれた過去は変えられない。
 だけど未来は変えられると、そう信じたい――。


 
 身内の醜態を晒した巽は深く陳謝した上で、恥ずかしいという理由で箝口令を敷いた。

 加賀社長が悶えたクーデレは健在していたようで、それに萌えてしまったひと、過去の恋愛を思い出したひと、親のような気持ちで見守ってくれたひと、様々ないい聴衆に恵まれたおかげで、口外しないというだけではなく、私情で作り上げた溺恋を積極的にSNSやメディアで宣伝して応援したいと言ってくれた。

 会場からは怜二さんの姿は消え、一通のメールだけが届いていた。

『CMでの、きみや巽くんのあんな笑顔を見たら、俺が敵うわけがない。あんな風に俺が幸せにしたかった。あんな風に俺のために強くなれるほどの激情を欲しかった。本当に巽くんが羨ましいよ。……色々すまなかった。賭け自体を撤回し、俺の意思できみから完全に手を引くと、巽くんに伝えて欲しい。三嶋は俺がどうにかする。今までありがとう。そして……幸せに』

 彼の優しさを感じたわたしは、トイレに駆け込み大声で泣いてしまった。
 彼がわたしに見せていたのは作られた偽りの部分だけだったのかもしれないけれど、その中にも真実はあったのだ。

 わたしは、怜二さんと由奈さんとの縁が完全に切れたシグナルを感じ取り、怜二さんにさようならを心の中で言った。

 ありがとう、怜二さん。
 わたしを愛してくれて――。

 
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