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アムネシアは蜜愛に花開く
第3章 Ⅱ 誘惑は根性の先に待ち受ける

 ひとまずお風呂に入り、一昨日から鍋で用意しているカレーを食べる。

 泣いて起きる悪夢であろうとも、睡眠を取れたわたしの頭はすっきりしていた。

 そしてラグの上に座り、テーブルに紙を広げて口紅の企画を書き込んでいく。

「……本当に、無難だなあ……」

 残りあと二十になって、わたしは巽に指摘を受けたことを思い出す。
 他八十の企画書を見てみるが、キャッチもなにもかもインパクトがない。

 これが売られたとして、買おうと思ってくれるひとはいるだろうか。
 消費者観点に立ってみれば、もっと安いものに靡くだろうし、高いお金を出してもこの口紅が欲しいと言わせるものが、決定的に欠けていた。
 わたしだって、どこかで見たようなありふれた口紅を、高いお金を出して買おうとはしないだろう。

 どこまでも凡庸、どこまでも無難。
 ため息が出てしまうほどに、自分の能力のなさに呆れ返る。

 巽はテーマは禁断の愛、と言った。

 だがわたしが書いたのは、どれも昔の巽との記憶から逃げ出したいかのような、安全圏でお利口さん過ぎるもので、従来の常識に切り込んでくるような、そんなぎりぎりで危険な要素はないのだ。
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