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アムネシアは蜜愛に花開く
第3章 Ⅱ 誘惑は根性の先に待ち受ける

 ***

 翌る日、早々にわたしはアムネシア本社専務室にいた。

 専務室はほぼ白と黒のモノトーンで揃えられていて、色彩がないのにモダンに思えるのは、その主が他に色彩を与える側の人間だからなのだろうか。

 窓から見える東京の都心のパノラマは、眩しい太陽光に包まれて凝縮されており、あまりにも平和で長閑で、また寝不足をしてしまったわたしから、ついつい欠伸が出そうになる。

「まさか朝一番で企画書を作ってくるとは思っていませんでした」

 巽は今日は、上品な光沢ある濃灰色のスーツに黒と青のグラデーションのネクタイをしている。化粧品会社の専務ではなく高級紳士服のモデルでもすれば、大幅売上に貢献出来るのにと思う。

「ルミナスの仲間達の命がかかっていますので。それら百の企画書と、こちらの企画書を作って参りました」
「わけられたのは、意味があって?」
「意味は……あります。数より質です」
「……ずいぶんな自信ですね」

 巽は腕組をして超然とした顔をしながら、机の前に立つわたしを見上げる。
 彼の動きで、アムネシアの香りがふわりと漂い、わたしは目を僅かに細める。

「自信かどうかはわかりませんが、百の企画はやはり無難すぎて特出したものがなく。それで今一度コンセプトに戻って、取り組んでみました。アムネシア十周年と専務の結婚を意識して。数がよろしければ、厚いこちらをどうぞ」

 巽の片眉が跳ね上がり、彼は百の束ではなくひとつにした企画書を読み始めた。
 わたしは静かに言った。

「危険な愛からイメージして、商品名は……恋に溺れると書いて溺恋」
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