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アムネシアは蜜愛に花開く
第3章 Ⅱ 誘惑は根性の先に待ち受ける

 巽は顔を上げて、じっとわたしを見た。

「危険な愛が、恋に溺れること?」

 商品名は最後につけれられることも多いが、企画慣れしていないわたしは、最初に名前が思い浮かんだ。

「はい。恋は不安定で欲が強くなるもの。愛は安定していて相手の嫌なところまで慈しみ守るもの。そう考えれば、命をかけるほどに向こう見ずで衝動的なもので、強い力を感じるのは恋の方かなと。そうした恋に溺れた末に願う危険なものは……」
「危険なものは?」

 わたしは一度言葉を切ってから、至って平静に努めて言った。

「たとえ相手に恋人があろうとも、奪ってしまうような……激しく燃えさかるような恋情の終焉」

 視線が絡み合い、僅かな時間――時が止まったような気がした。

 押し黙った巽は、唇を僅かに戦慄かせていた。
 これはわたしの意見があまりに夢想的すぎて馬鹿にされたのか、それとも別に理由があるのか。

 しかし巽事情なんてお構いなしに、わたしは続けた。

「愛はそのまま、安定と穏やかさに満ちた結婚にイメージが結びつきます。しかし口紅の対象は独身OLです。もっと身を滅ぼすような恋をしたい。巡り会いたい。そうした貪欲なまでの渇望と、恋に溺れる彼女達の武器になれるような、妖艶な道具になれたらと」

 やがて、巽は絞り出すような声を出した。

「妖艶な道具? もっと具体的には」
「……相手に欲情して貰える口紅です!」

 言ってから思う。

 あれ、わたし……そこまでのことを考えていたっけ?
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