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アムネシアは蜜愛に花開く
第3章 Ⅱ 誘惑は根性の先に待ち受ける

だがそんな状況にドキドキするよりも、啜っても垂れてくる鼻水が気になり、それが巽のワイシャツに付着するのが恥ずかしくて、逃れようとしているのだが巽が離さない。
「あ、あの……専務、鼻をかみたいんですが」
「……」
「今のわたしはポケットティッシュを持っていないんです。専務の机の上のボックスティッシュを持ってきて頂けると、ありがたいんですが」
「……」
「あ、わたしが行った方がいいですよね。あ、しまった、鼻水が垂れて……」
「僕が取ってきます!」
巽は怒りながらティッシュを取ってきてくれて、わたしは横でちーんと鼻を噛んだ。少しだけ巽の胸のところに染みがついている気がするけど、見て見ぬ振りをすることにする。
「崩れないんですね、顔」
巽が、じとりとした目を寄越して言う。
「……それは泣いて化粧が崩れないのかと言われたと思わせて貰いますが、これはルミナス主力商品のひとつ。通称『涙くんさようなら』。広報が上手くいかず悔しさに泣くわたしを見て、わたしの友達の山本香代子が閃き商品化しました。それで三徹も完璧カバーするクマ隠し、通称『ハイドベア』も凄い威力なんです。ルミナスは、こうした日常から素晴らしい商品が生まれて……ってなに笑っているんですか、専務」
ここぞとばかりに香代子の企画力とルミナス製品を売り込もうとしていたのに、巽が笑う。
くくくと本当におかしそうに。
……こんな笑い顔、最後に見たのはいつだっただろうか。
「いや……、あなたをモデルにルミナスの製品が出来ていると思えば」
それのどこに笑う要素があるのだろう。
そして、元国民的人気モデルに、モデル扱いされることの居たたまれなさはなんだろう。

