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アムネシアは蜜愛に花開く
第3章 Ⅱ 誘惑は根性の先に待ち受ける

「俺には言えないか」

 苛立ったように剣呑な光を宿す切れ長の目に、息を飲む。

「あの優男か?」
「ちが……」
「違う? 他に男でもいるのか? 過去の男? 今の男?」

 巽の瞳の奥に、憎しみのような炎が揺らいでいる。

「そうやって、十年後の俺にそんなものを細やかに堂々と呈示して、嬉しいのかお前」

 わたしの身体に回した彼の手に囚われた、わたしの身体は動かない。

「ひっでぇ女」

 ……息が、出来ない。

 ぱくぱくと金魚のように口の開閉を繰り返し、出てきた掠れた言葉は、その理由を正すものではなく。

「企画は……」

 巽を想って企画した口紅は、実現できるのか否か、だった。

「氷室巽としては許可する。だけど……藤城巽としては許可しねぇよ、死んでも。そんな、他の男を誑かす道具作りなんか」
 
 巽が、わたしの義弟だった時のことを口にした。
 わたし達の禁忌に触れる、十年前に。
 高じていた緊張感がさらに膨れあがり、引き攣った浅い呼吸を繰り返す。

 巽の意味不明な言葉は難解過ぎて、正解がわからない。
 どの巽も同じ男でしょう?

 でも……企画は通ったんだよね?
 わたしの三徹、意味があったんだよね?
 少しは、ルミナスの仲間達に顔向け出来るかな。

 ぐるぐる回る思考は、やがて白くなる。

「おい、返事くらい……なに白目剥いてる、おい! 無理が祟って心臓発作か!? おい、しっかりしろ、アズ! ア……この状況でまぎらわしく寝るなよ、お前!!」

 ようやくやり遂げた仕事に、満足げな顔ですぅすぅと寝息をたて、巽の独り言も夢の中。
 
「――欲情する口紅か。そこまであいつが好きなのか。……いまだ、ただの義弟には、きっついな……」
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