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アムネシアは蜜愛に花開く
第3章 Ⅱ 誘惑は根性の先に待ち受ける
 
 ***

 アムネシアの匂いに包まれたような心地がして、気分良く目覚めたわたしは、ソファの上で巽の膝を枕にして眠っていたことに気づき、ぎゃっと品のない悲鳴を上げて飛び退くと、わたしの身体にかけられていたらしい巽の背広がはらりと落ちた。

「僕は、ゴキブリかネズミかですか?」
「す、すみません。驚いてしまって……。ご迷惑をおかけしました。上着もありがとうございます」

 巽の背広を手で汚れを払って、ソファに静かに置いた。

「そんな色気のない悲鳴をする女性に、男が欲情する口紅はつくれますかね?」

 嫌味たらたら、まだねちねちと皮肉気に嗤う専務様は、わたしがボツ確実で提出した百の企画書を読んで、また赤字でなにかを書き込んでいた。

「な、なんでわたし、専務のお膝で……」
「眠かっただけでしょう、お気にせず」

 ……巽は、わたしと接触していても平気らしい。
 もしかして由奈さんに膝枕をしたりされたりして、慣れているのだろうか。
 膝枕ではなくて、もっといやらしいことを由奈さんにして貰っていたり?

 そんなことを思いながら、巽の際どいところに涎の跡と思われる染みを見つけたわたしは、ぼっと瞬間沸騰した。あのままなら、巽がおねしょをしたと思われる。いや……もっと性的な粗相に思われるか。

 なんにせよ、わたしの涎があんな真ん中についているということは、わたしの中では衝撃的なことで、ひとりわたわたと慌ててながら、しかし今は落ち着くことが先決だと悟り、すーはーすーはーと深呼吸を繰り返す。

「わっかりやす……。それより、こっちの身にもなれってんだ」

 なにやら巽が、じと目を向けていた。

「はい? なにか仰いました?」
「なんでもありません」

 なんでもないという巽は、素の悪態をつく巽の顔に戻っているようだ。
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