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第9章 埃と扉

「ふふ、いいにおーい。梨の香水があったらいいのに」
「香料採るのはすっげえ効率悪ぃぞ」
梨の残り香を嬉しそうに嗅ぐ姫の髪を弄んでいたサクナは、興味が無さそうに呟きました。
「え？ほんとにそんなこと、できるの？！」
「出来ねぇ事は無ぇが、梨そのままの匂いにゃあならねぇしな…梨食ったお前を嗅ぐ方が良い」
「ふふ」
そう言って胸の辺りに顔を埋めたサクナの頭を、姫はくすくす笑いながら撫でました。

「…サクナ…？」
「ん？」
「私さっき、サクナのおとうさまに会ったわ」
夢でだけど、という姫の呟きを聞いて、サクナは困惑しました。しばらくして、口を開いて姫に返事をしようとしましたが、出て来た言葉は大変歯切れの悪い物でした。

「…スグリ。……俺にゃ親父は、」
「あのね？サクナとアダンさんが話してるのを見て、先代の当主様は私にとっては義理のお父様になるんだなあって気が付いたの」
スグリ姫はそう言うと、いつも自分がされているように、サクナの髪を指で柔らかく掬って梳きました。
「『お嬢ちゃんが家の嫁か。あいつにしちゃあ良い嫁さんを見つけたな』って言ってもらっちゃった。アダンさんが言ってくれたことと、先代の当主様のお話を沢山聞いたのが、混じったのかしら……自分の頭が作った夢でも、お会いできてそう言われて、すごーく嬉しかった」
「スグリ…」
「私、ここに来て…ここに来られて、ほんとによかった」
ふふっと微笑んで、姫はサクナの髪に口づけました。

「…わたしを、つれてきてくれて、ありがと…」
擦り擦りと顔を擦り付けながら呟く姫の口調は、だんだんふにゃふにゃしたものに変わっていきました。
「スグリ？おい？」
胸に抱き込まれたサクナは姫の名前を呼びましたが、返事は返って来ませんでした。
胸から抜け出して見てみると、姫は案の定すうすう寝息を立てておりました。

「…この、言い逃げ野郎め…」
幸せそうに眠る姫の髪を撫でると、すっかり乾いた髪はさらさらと指の間から零れ落ちました。

「…お前は本当に、どうしようも無ぇな…」
サクナは零れた髪を掬って口づけると、姫を抱き締め直しました。そして、普段の不機嫌さの微塵も感じられない表情で、腕の中のどうしようも無く愛おしい温もりにおやすみと呟いて、目を閉じました。