- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
感情のない世界 // 更新される景色
第4章 を
「疲れるし…つらいと、思うわ。きっと今日みたいに泣いちゃうだろうなぁ」
「だったら…」
「仕方ないじゃない」
君の笑顔には無理があった。
どれだけ口元を引き上げても隠しきれていない。君はその決断に、少しも納得していない。
「だって、あなたがいなくなる方がつらいもの」
それでも君は…嘘の笑顔を見せるのか。
「ふふっ、あなたってさ…。わたしが合理的じゃないって、どうせ今も思ってたんでしょう?」
「──…」
「残念でした。今日の私は冷静なの。どっちを選んでも悲しいから、少しでも悲しくないほうを選ぶのよ。…病院の先生や、お父様が、わたしの選択を笑ってもね」
「僕では君を……受け止めきれない」
「……」
「不完全だから」
「知ってる」
「637Sは、人間にはなれない」
「知っているわ」
君は声の震えを堪えて、力強さを装った。
「あのね、あなたは人間にならなくていいの。人間なんて、あなたが思っているほど立派じゃないんだから。何も偉くない」
「だが僕には人間のように感情がない」
「そうね。でも優しさがある」
葉桜となった樹木が、君の顔に赤い木洩れ日を落とした。
「どこからが偽物( ツクリモノ )かなんて……わたしにはもう、わからないのよ。たとえ相手が人間でも」
それは夕暮れが作り出した色。
初期化を行なった後にはもう、僕が忘れているであろう景色。