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月下の幻影
第1章 月下の幻影
「大丈夫。未来くんは自分が犠牲になったこと、後悔なんかしてないよ」
弟が助けようとした男の子は一命をとりとめたが、意識不明の重体に陥っている。未だに目を覚ましていないらしい。
「……そう、なの……かな」
この青年に言われると、本当にそんな気がしてくる。この男には、理屈では言い表せない不思議な魔力のようなものがある。
「真琴が元気に笑って生きてくれることを……何よりも願ってる」
「……!」
「だから……大丈夫。それに未来くんは、真琴がちゃんと立ち直れる前向きな良い子だって、分かってるみたいだし」
真琴は目を丸くした。青年が今言った台詞は、いつか昔に、弟の未来が発した言葉そのものだったからだ。
────姉さんはさ、悲劇に直面したら、たぶん相当落ち込むけど……でも絶対立ち直れるタイプだよね。
────え、何いきなり……。
────ははっ、何となくだよ。だって姉さんって、なんだかんだ、前向きで明るいでしょ?
それは、なんてことのない会話だった。しかし今、真琴の脳裏に、その映像が鮮やかに蘇った。
ただ────確かに、あのとき未来は笑っていた。
弟は……幸せだったのかもしれない。
真琴はふと、そんなことを思い始めていた。
弟はまだ大学生……早すぎる死だった。
周りから見れば、不幸な人生の終わり方だったのだろう。
だが、青年の言った通り……弟自身はもしかすると本当に、後悔などしていないのかもしれない。
正義感に溢れた弟なら、今でも天国であの男の子の無事を祈っているだろう。
「さぁ、もう時間だ……」
「え?」