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月下の幻影
第1章 月下の幻影
「もうすぐ日付をまたぐから……真琴は旅館に戻るんだ」
「……うん」
真琴は少し名残惜しく思いつつも、服についた砂を払って立ち上がった。
青年も砂浜からゆっくりと腰を上げる。
「あなたは……帰らないの?」
「僕は真琴を見送ったら……ちゃんと自分の居場所へ還(かえ)るから」
「そう……」
真琴は最後にもう一度、海を眺めた。
未だに唸る海の魔物は、波を浜辺で打ち寄せてくることで、“こちら”の世界に誘おうとしているようにも見える。
暗く、重く、そして鮮やかな引力を持つ、夜の海────
そして────
「さよなら、真琴」
そこで出会った美しい青年は、少し寂しげに微笑みながら、こちらに手を振っている。
「……さようなら」
真琴は、浜辺を歩き出した。サク、サクと砂を踏む自分の足の音が聞こえる。
振り返るのはやめよう────そう思ったのに、最後、浜辺を出る時に振り返ってしまった。
しかし、そこに青年の姿はなく────
数時間前、真琴が訪れた時と同じように、暗黒の世界が広がっていただけだった。