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月下の幻影
第1章 月下の幻影

『まもなく終点〜、○○、○○に到着します〜』

車内のアナウンスに、真琴はようやくか、と思い、首をぐるぐると回した。かれこれ、二時間以上この電車に乗っていたのだ。首だけではない。肩や腰も相当疲れている。

最後に大きく上に伸びをすると、電車を降りた。彼女の荷物はおよそ旅行用とはいえない小さめのリュックだけ。

改札を通ると、風に乗って流れてきたある匂いが、彼女の鼻をくすぐった。

「この匂い……」

真琴は、駅の柱に貼られているポスターをちらりと見た。

〝ようこそ海街○○へ!!〟

なるほど、と彼女は思った。この匂いは、海潮のものだったのか。

しかし……海なんて、いつぶりだろうか。

海無し県に住んでいる真琴にとって、海はなかなかお目にかかれないものだった。だから“海”という単語だけで、彼女は少しばかりうきうきした。

駅を出ると、コンビニが一つと、小さめのロータリーがあった。
コンビニで飲み物を購入し、ロータリーに停まっていたタクシーに乗り込む。

「お嬢さん、この街は初めてかい?」

移動中、タクシーの運転手である老人が話しかけてきた。

「はい」

「ははっ。そうかいそうかい。ここはね、昔は観光地で有名だったけど……今じゃすっかり寂れてねぇ。でも、のどかでいいところだからね。特に私は、この街の海が大好きなんだ」


ミラーに映る運転手の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
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