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月下の幻影
第1章 月下の幻影
部屋に入ると、畳特有の藁の匂いが押し寄せた。
その、どこか懐かしい香りに、真琴は長旅で凝り固まった身体がほんの少し、解(ほぐ)れたような気がした。
真琴の本日の宿泊部屋は、四畳半の和室だった。部屋の一番奥にある大きな窓からは、砂浜と、そしてどこまでも続く水平線が眺められた。
真琴はリュックを床に放り投げると、窓辺に駆け寄った。
「っ、すご……」
海の美しさに、真琴は囚われた。観光地で見れるような、エメラルドグリーンの綺麗な海ではない。どこにでもある濃紺の海だ。
しかしそれでも、真琴にとっては、今目の前に広がるのは、美しい海だった。
海のことを楽しそうに話していたあのタクシーの運転手の気持ちが、今なら理解できる。
そういえば……
真琴はふと、思い出した。
“夜の海には、魔物がいるから……気をつけて”
あれは、どういう意味だったのか。
「……魔物、ってなんだろう」
スマートフォンの震える音に、真琴ははっと我に返る。
リュックを片手で漁り、中に入っていたスマートフォンを引っ張り出す。しかし、画面を確認した真琴は、なんとも言えぬ苦い顔つきになった。
無言でスマートフォンを再びリュックへと仕舞うと、風呂へ入るための準備を始めた。