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SMを詰め込んだ短編集
第12章 ガラスの靴がなくとも/奴隷・純愛
「なにしてんだ?」

ふいに背後から声がかかる。
驚いて振り返ると、そこには一人の男性が佇んでいた。

「なに、してんのかって」

聞こえないかと思ったのか、少しテンポを落としてわたしに再度尋ねる。
なにをしているか…
急に逃げ出したくなって家を飛び出してきた、なんて言ったらきっと驚く。
それに、お兄様のお知り合いの可能性もゼロではない。余計なことを言うとお兄様に筒抜けになってしまうかもしれない。

何も言い出せず俯くと、静かに、でも確実にわたしに足を向けた。

「つか、お前靴は?…うわ、傷だらけじゃねーか」
「え、あ…」

わたしの傍まできたその人は、無遠慮とも言える手つきでわたしの足を取った。
日に焼けてごつごつした指で足に付いた傷を撫でる。

「っ…!」
「あ、わり、痛い?」

小さく頷いて見せる。その人の目は見れなかった。

「洗ったほうがいいな。ちょっと掴まっとけ」
「へ?うわっ…!!」

急に訪れた浮遊感に思わず太い首にしがみ付いた。
ていうか!

お、おひ、おひめさま、だっこ…!!

「ん?怖い?」

あまりの状況に怖くないです、ということばは、喉に引っかかったまま出てこなかった。
必死にしがみ付いているだけだったので、その人がどんな表情をしていたのかは分からない。
優しく下ろされた場所は、湖の淵の岩。

「俺は蓮っていうんだけど。つか何で靴履いてないんだよ…」
「い、いたい…」

冷たい水をぱしゃぱしゃと足に掛けられ、細かい傷が沁みる。思わず目の前にあった蓮と名乗る人の肩を思いっきり掴んだ。

「ああ、沁みるよな。わりぃな。もう終わるから」
「うん…」

ごつごつした手に似つかわしくなく、優しく何度も水をかける。ちりちりと痛むのは、足のはずなのに。どうして胸がこんなにどくどく痛むんだろう。

薄いワンピースの裾が風で膨らんだ。
慌てて抑えたけど、蓮の目が一瞬、鋭く光った。

「…お前、誰になにされた?」
「え…?」
「これ、なに?」

がっと足首を掴まれたかと思うと、そのまま上に持ち上げられる。
ひっくり返らないように後ろに手を突いたが、そんなことよりこんな体制…

「もう一度聞く。誰に、なにされた?」
「あ、それ、は…」

脹脛にできた鞭の外し痕。あの時お兄様の機嫌をひどく損ねてしまって、一本鞭で叩かれた。
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