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SMを詰め込んだ短編集
第12章 ガラスの靴がなくとも/奴隷・純愛
「…よし。決めた。お前を連れて帰る。」
「…は、…?」

だいぶ落ち着いてきたのに、またもや混乱した頭はもう収拾がつかない。何言ってるんだこの人…。
困ってしまって黙っていると、大きな手が髪をそっと撫でた。

「どう、して、」
「ん?」

掠れた声を無理に出す。
なにを考えてそう言っているのかは全く分からないのだが、優しいこの人を、わたしで縛ってはいけない。この人にはきっと、わたしなんかよりも素敵な人といるべきだ。

「わたし、その…」
「なぁ」

わたしのことばを優しく遮って、それから小さく咳払いした。

「一目ぼれって、信じるか?」
「…は?」
「お前の笑った顔がどうしても見たい。あと、お前、帰ったらひどい目に合うんじゃないのか?足の他にも傷がある。例えば、手首だ。日常的にされてるんだろ。じゃないとそんな風に不自然に黒ずんだりしないはずだ」

慌てて隠すが後の祭り。多分、首に付いた縄の痕も蓮は気が付いている。

「なあ。名前教えてくれないか。呼びたいんだ」

そっと頬を撫でる武骨な指に一瞬びくりと肩が跳ねたが、蓮の目は優しさしか湛えていなかったことに深く息を吐いた。心がこんなにも康寧したのはいつぶりだっただろうか。

「鈴」

水鳥がばさばさと飛び立っていった。
撫でる指に、自分の手を重ねた。

「きれいな名前だな」

鈴。繰り返す声が耳に心地よい。
どうしてだろう。お兄様に何度も呼ばれたはずのこの名前は、蓮に呼ばれるだけでこんなにも満たされる。

「絶対後悔させない。俺がお前を笑わせてやるから」

に、と笑った顔は、まるで少年だった。
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