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アルルの夜に始まる恋
第1章 いくつかの偶然
ロイは、どうせお礼を言って終わりなのだろうからこのままこのタクシーで16区の友人の家に行ってしまおうと思い、行き先を告げた。

すると、運転手がニヤニヤと笑いながらフランス語で言った。

「おや?あの子はあなたに待っててくれと言ったんじゃないのかい?」
「・・・そうみたいだね。でも、知り合いというほどの関係ではないから」

ロイはフランス語で適当に返したが、運転手は急に真面目な顔つきになって言った。

「いやいや、それはいけないよ。あの子は待っていると思っているのに、あなたがいなかったら悲しむだろうよ。女性を悲しませてはいけない。急いでいるわけではないなら待っているべきだ」

なぜだかすごい剣幕でそう言う運転手に、ロイは少し呆れた。しかし、急いでいるわけではないし、少しだけ待ってみるかと思い、タクシーを降りた。

「きっと喜ぶよ」

運転手は途端に笑顔になり、うんうん、と頷いて車を発進させ去っていった。
ロイはため息をつき、大使館の前に挙げられている日本の国旗を見上げた。

(日本か・・・)

ロイは日本で出会った美しい女性のことを思い出していた。
父の付き添いで日本のとあるパーティーに出席した際に見かけ、一目惚れした女性だ。

しかし、彼女はボスと恋人の関係であった。よくある話だ。
今は昔の恋の痛手としか思っていないが、ロイはそれ以来日本人と触れ合うのを意識的に避けていた。

寒くなってきた。時計を見ると、5時を過ぎている。そろそろ帰ろうと思った時だった。

「すみません!」

先ほどの女性が走って大使館から出てきた。

「発行してもらえましたか?」

ロイは紳士的な振る舞いで尋ねる。
女性は何度も頷きながら答えた。

「はい。ありがとうございました。助かりました」

深々と頭を下げる。

「あの、タクシー代返しますので、住所教えていただけますか?日本に帰ってから送ります」

女性はゆっくりと英語を思い出しながらそう言った。
ロイは笑って言った。

「その必要はありませんよ。たいした金額ではありません」

そう言いながら、一文無しでこの女性はこれからどうするつもりなのだろうと思った。

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