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月夜の迷子たち
第1章 鏡の中の世界から
「ちょっと見せて」

紗奈は毛布を捲り上げ、男の足首に触れた。足首が青くなり腫れている。
氷の袋を当てて、タオルを巻いて固定した。

「救急車を呼んでくるわ。ごめんなさい、この家の電話は今使えないの。一番近くの牧場まで行ってくるから、名前と歳を教えて。連絡先も」

紗奈は上着を着て自転車の鍵を手に持った。

「救急車?」

男が怪訝な表情で言った。まるで思ってもいなかったことを提案されたかのようだった。

「ええ。だって、足を怪我しているし・・・・溺れたのよね?」

男は少し何か考えたあと、首を横に振った。

「いや・・・・・。いや、大丈夫。溺れた子供を助けて・・・・・。子供を引き上げてもらってるところで俺だけ流されてしまって。足はどのタイミングで痛めたのかわからないけど・・・・・救急車は必要ない。さっきは泳ぎ疲れて倒れこんでしまっただけで、ほら、もうこの通り意識もはっきりしてる。ただの捻挫で救急車もおかしいだろ?ここで少し休ませてもらったら帰るから」

男は言葉こそ丁寧だったが、強い拒絶を含んだ声で言った。

「でも・・・・・・」

(帰るって・・・どこに、どうやって?)

紗奈はドアノブを握る手を緩めた。

「お家はどこなの?」
「この川の上流にある家に、遊びに来てたんだ。俺の家は東京」
「ではそのお宅へ行って助けを呼んでくるわ。場所を教えて」
「いや、それはだめだ。とにかく自分で帰るから、もう少しだけ休ませてほしい。足の痛みも引いてきたからもうじき歩けると思う」

男があまりにもきっぱりと拒絶するので、紗奈は怪訝に思った。
紗奈は思わず火かき棒を手に取った。

「・・・・・もしかして、あなた泥棒?」

紗奈は少し警戒して尋ねた。
その上流にある家に盗みに入って、見つかって逃げている途中なのかもしれない。

男は驚いた顔をして紗奈を見つめた。

「泥棒・・・・・?俺が?」
「だっておかしいわ。そんな怪我してるのに、誰にも知らせるなって・・・・・。悪いことをして逃げている最中だったら納得できるけど」
「悪いことをして・・・・・いや、違う。そんなんじゃない。頼むからその火かき棒を握り締めるのはやめてほしい」

男は焦って両手をあげて降参のポーズをした。
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