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月夜の迷子たち
第1章 鏡の中の世界から
「違うなら、救急車を呼んでもいいわよね?」
「わかったよ。タクシーを呼んで病院に行く。タクシーがないなら、その牧場で電話を借りて家の人間に迎えにきてもらう。でも、少しだけ・・・・この紅茶だけ飲ませて」
「・・・・わかったわ」

男は紅茶を手にとり、一口すすると、小さくため息をついた。

紗奈は不信感が拭えないまま、男が脱いだ服を持って外へでた。

少量の洗濯物であれば、コテージの出入り口にある水道で手洗いしている。
紗奈は手馴れた手つきで洗濯板を使って洗った。
せめてシャツだけでも急いで乾かして着せた方がいいと思った。

下着はなかった。さすがに履いたままなのだろうと赤面する。

上質な紺色のシャツは、ほとんど黒に見えた。シャツの裾の裏側にYという文字が刺繍されていた。

(イニシャルかな・・・・)

ふと見ると、流れていく水が赤い気がした。薄暗くてすぐに気づかなかったが。
ほのかに血の香りもする。

なんで思いつかなかったのだろう。
川に流されたのなら、岩に当たったりして怪我していてもおかしくない。
紗奈はすぐに確かめようと、ジーンズを軒先に干してから扉を開けた。

「あの・・・・」
「君は画家なんだね」

先に声をかけられてしまった。
コテージの中は大小様々な大きさのキャンバスでいっぱいだった。
書きかけのもの、完成したもの、真っ白なもの。
大量の絵の具に大量の筆、ナイフ、イーゼル、パレット・・・・。

アトリエにしか見えない部屋だった。

「・・・・これ、ルーベンスだよね」

男は一番手前にある絵を指差して言った。

紗奈は小さく頷いた。

「複製画なの」

紗奈は複製画を描いて、それを売って生活をしていた。
本物に手が届かず複製画を求める人たちを対象に売っているのである。
写真を用意してもらえば、肖像画も描く。

「すごい・・・本物かと思った」

男は目をキラキラさせて感嘆の声を上げた。

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