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月夜の迷子たち
第5章 満ちていく心
自分の力だけで生活している彼女の生き方が崇高なものに思えて、うらやましくもあった。

絵の才能にしがみつき、努力を重ねて磨き上げ、それで食べていく。
そうして生きていくしかなかったのだ。
他に選択肢がないといえば、そうとも言える。
だとしても、彼女を前にすると、何もかも与えられた自分の人生が空虚なものに感じられて仕方がなかった。

華奢な手から描かれる、完成度の高い作品の数々。
きっと数えられないほど、膨大の量模写してきたのだろう。
それは正に彼女のアイデンティティであり、人生の全てなはずだ。

紗奈に強く惹かれるのはそのせいだと祐哉は思う。

紗奈の謙虚さや愛らしさはもちろん魅力的だが、それだけじゃない。
彼女の内にある、生きる強さに惹かれるのだ。

紗奈という存在が、祐哉の内にある空の部分にすっぽりと収まってからは、もう揺るがなかった。

揺るがなかったが、紗奈の方はすんなり祐哉を受け入れてはくれなかった。
心を開いてくれそうな気がしていた矢先、アトリエに鍵をかけて出てこなくなってしまった。

彼女の拒絶がはっきり見て取れ、どうすることも出来ず、途方に暮れた。

どうすれば彼女に受け入れてもらえるのか・・・・。

恋というものはかくも苦しくやるせないものなのかと、二十六年生きてきて、初めて味わったのだった。

手に入らないものがなかった祐哉にとって、初めての挫折だった。
強いと思っていた自分の心は、富という鎧に守られていただけだ。
素の自分の心のもろさを、紗奈は気づかせてくれたのだ。


アトリエまで出向いても反応は無いし、電話も出ない。
明かりがついたり消えたりするのを見て生きていることは確認できて安心するだけだった。

しびれを切らして、誕生会を翌日に控えた朝、祐哉は俊の仕事部屋へと向かった。
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