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月夜の迷子たち
第5章 満ちていく心
「俊、お前何か言ったか?」

祐哉は紗奈が篭城する前に話をした俊に問い詰めた。

「真実を話しただけだ。お前と瑠花さんは婚約者じゃない。気にせず仕事をしてくれと」
祐哉は、表情の変化を逃すまいとじっと俊の顔を見つめた。

長年の付き合いだからわかる。おそらく俊は紗奈に祐哉とこれ以上親密になることはやめろとでも警告したのだ。無理に無表情を装っている俊の顔が物語っている。

「・・・・・お前が何を言おうと無駄だ。彼女への想いは断ち切らない」

祐哉の怒りを帯びた声に俊が眉を寄せた。

「彼女と結婚するっていうのか?祐哉、良く考えろ。お前と結婚するということがどれだけ負担になると思ってる?年中訪れる国内国外の客人をもてなし、あらゆる社交の場に赴いて、親しくも無い人々の機嫌を取るなんてことをあの子にさせるのか?この家の人間と結婚するからには社会の影に隠れて生きてはいけない。今まであんな生活をしていた彼女にそれをやれというのは酷過ぎる」
「お前のこの家への忠誠心は素晴らしいしありがたいよ。でも、人の心はそんな理屈で捻じ曲げることなど出来ない。俺は彼女と一緒になれないなら誰とも結婚しない」
「それは脅しか?お前らしくないな」

祐哉は自嘲気味に笑った。

「俺らしいってなんだ?特に意見も言わず、家の皆の言う通りに生きていたら俺らしいか?・・・・・・初めてなんだ。自分の心の奥底から強く望んで、それを得るためなら何を犠牲にしてもかまわないとさえ思う」
「何を犠牲にしても・・・・・?まさかこの家をも捨てるなんて言わないよな?」
「その覚悟だ」

俊は絶句して言葉が出ないようだった。

祐哉はずっと考えていた。
紗奈が中園の家の人間だという理由で自分を拒絶するなら、それらを捨ててもかまわないと。

「・・・・・・征哉さんが許すわけないだろ・・・・・・」

俊はやっとのことでそう口にしたが、本当はそんなことを言いたいわけではないのが伝わってくる。俺のことも捨てるのかという顔だった。

「いや・・・・・・兄さんならきっとわかってくれる」

事故にあった時、誰よりも泣いて誰よりも祐哉が無事だったことを喜んでくれた兄。
紗奈と出会って恋をして、誰よりも応援してくれている兄の顔を思い浮かべる。

俊は文字通り頭を抱えた。

「いや・・・・・・だめだ、それだけはさせられない」
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