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竜を継ぐ者~黄の刻印の章~(世界はエッチと愛で救われる)
第20章 彼女の前髪が長い理由
 小説のヒーローのように、何か大きな後ろ盾でもあれば違うのだろう。単独でコソコソとする必要も、無いのかもしれない。
 だが、真吾にはそんなものは無い。後ろ盾なんてものも無ければ、代わってくれる人もいない……。
 この選択は、仕方のない事だった。
 美奈が寝ているその横に、万歳状態で真吾は身を投げ出した。
 屋根の合間から夜空が見える。冬の足音が聞こえる11月の空気は、星が鮮明で綺麗だった。夜空を見上げた事など、そういえば無かった。たまにはこういうのも、悪くない。
 冷たさを帯びたそよ風に汗ばんだ頬を撫でられ、真吾は目を閉じた。
 静閑な虫の声、小さな漣のような池の水面の音……静かだな、人の声もしない。
 まるで別世界に迷い込んでしまったようだった。
 静かな空気は嫌いじゃない。自分自身がそうだし、落ち着く……。

「――って、こんな事してる場合じゃない」

 真吾はハッと起き上がると、隣りに横たわる美奈の様子を窺った。
 倒れた時よりも気息奄々で、悪化してるように見える。
 赤々と熱を帯びた頬に浮かんだ汗は、筋を作し緩やかな肌を滑っていく。美奈の意識は今も、戻ってはいないようだった。

「大崎さん……」

 彼女の名前を呼びながら、玉のような汗が光る肌に張り付いた前髪を指で梳いてやった。
 露となった美奈の素顔は、まるで目覚めを待つ人形のように綺麗だった。美人と言うには雰囲気が少し違う。どちらかと言えば可愛いに近いが、ぴったりという表現でもない。
 趣のある美しさは、可憐という言葉が一番しっくりくるなと真吾は思った。

「これは――傷か……?」

 鼻の上の額の部分――そこに3センチ程度の切り傷のような細い傷跡。不自然な程に長い前髪のは傷を隠す為のものだと、真吾は思い知った。
 顔の傷を気にかけない女性などいない。
 傷を誰にも見られたくないが為に、綺麗な顔を異様な風体で隠す悲しい乙女心――それを思うと、真吾は言いようもない切ない気分に囚われた。
 人目を引く傷でもないのだから、気にせず顔を出せばいいのに……と、思ってしまうのは真吾が男だからだ。
 胸の奥が痞えたような、塞いだ気分は何なのだろう。これから美奈を襲おうというのに、何故こんな気持ちを懐くのか。
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