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第3章 婚約

犬のジローが何かアドバイスをしてくれるはずもないのは菜緒子にもよく分かっていた。
それなのにジローに訊いている時点で菜緒子はほぼ答えを固めていた。

「やはりここにいたか・・」

菜緒子が物思いに浸っていると透真がやってきた。

「不本意な縁談など断ればいい」

いつも冷静沈着な透真がいつになく熱く語る。

「オレはお前が好きだ、愛している」

透真はついに菜緒子への想いを口にした。菜緒子には幸せになってほしくて翔也とのことを応援しようと決めたことや、でもふたりを見ているのが辛いから遠くの学校の推薦入学を受けることにしたことも全て菜緒子に話した。

菜緒子も透真の自分への想いは薄々と感じていた。だが、冷静沈着な透真がこんなふうに熱く気持ちを伝えるある意味軽率な行動を取るとは思ってもいなかった。

透真は菜緒子を抱きしめる。
透真からは自分への愛がいっぱい感じられて何だか心地よい。このまま抱きしめられていたい。このままではキス、そしてその先も許してしまいそうになる。

「離してくれ、透真の気持ちには応えられない」

菜緒子は透真の抱擁からすり抜けた。
透真のことも好きではあるが、この場所で透真を受け入れたら大切な想い出を汚してしまうような気がしたのだ。翔也とキスをしたこの場所だから。

「たとえ居間側に乗っ取られようとも、居間側真次の妻となろうとも、あたしは飯谷工業の社長になる。飯谷工業が欲しいんだ」

菜緒子は凛として言い放った。

「何故だ、何故そんなに飯谷工業にこだわる？好きでもない男と結婚することはないだろう・・」

「・・・」

菜緒子と透真はしばし無言で見つめ合った。

奈緒子は決意していた。自分を飯谷工業の社長にすることを条件に居間側の縁談を受けようと。
真次は社長にこだわるような性格ではないし、多分政略結婚を渋々受け入れているようにも思える。

だったら、社長の夫という立場を手に入れれば飯谷工業を居間側が支配するという目的は達成できるのだし、上手く話をすれば菜緒子が社長になれる可能性は十分にある。

社長の座を手に入れればある程度人を自由に動かすこともできよう。場合によっては自分の女を売って言うことを聞かせてもいい。

何とか翔也を探し出して飯谷工業の社員にするなり下請にするなりして側にいたい。

そんな汚いことをする自分は翔也に嫌われるかも知れない。