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女社長 飯谷菜緒子
第4章 初体験
菜緒子は景嗣との時間を思い出していた。景嗣は不本意な結婚をしなければならない菜緒子のために怒ってくれた。

「先生、あたしなんかのために熱くなってくれてありがとう」

「君こそ僕なんかのために泣いてくれてありがとう」

ふたりは見つめ合って、どちらからともなく極自然に抱き合っていた。そしてそのまま布団の中に入る。

口づけもぎこちないし、菜緒子を触るのもぎこちなくて景嗣がこういうことに慣れていないのはよく分かるが、菜緒子もまたぎこちなく震えていた。
志乃との情事を重ねたとはいえ男の人を受け入れるのは始めてだ。

そう、菜緒子は今景嗣を受け入れようとしている。ここへは人目から逃れるために咄嗟に飛び込んだだけで拒むこともできるはずなのに景嗣を受け入れようとしている自分に菜緒子は気がついた。

好きだ、菜緒子は景嗣のことが好きになっていた。
同時に志乃に対する背徳や罪悪も菜緒子に重くのしかかってきた。

自分は今志乃の好きな人に抱かれようとしている。しかも志乃は景嗣を忘れようと菜緒子との情事を重ねているというのに・・。

「先生、あたしはこれから結婚するんだよ。ちゃんと避妊しろよ」と菜緒子は悪戯っぽく言ってみた。悪戯っぽくはしゃぐことで背徳や罪悪から逃れたかったのかも知れない。

「そうだよね、ごめん」と景嗣は慌ててコンドームを用意した。

「ちょっと、何でそんなもん持ってるのよ。もしかして誰かとエッチするつもりだった?先生もすみにおけないなぁ」と菜緒子ははしゃいでみせた。

「こう見えても一応婚約者がいる身なんでね。いつどうなるか分からないけど結婚するまではいざという時に必要だろ」と景嗣も少しふざけてみせた。

そんなふうにふざけ合うと菜緒子は背徳や罪悪から、景嗣は悲しみや失望から逃れられるような気がした。

布団の中でふたりは一糸纏わぬ姿になってひとつになった。

余韻に浸るようにふたりはしばらく裸のまま抱き合っていた。

「君といるとイヤなことも不安も絶望も全部忘れられる気がする。またこうして逢ってくれるかな?」

景嗣は愛しそうに菜緒子を見つめて言った。

その言葉に思わず頷きそうになるが、菜緒子の頭の中に志乃が浮かんだ。もう好きでないと言ってはいるが、志乃が景嗣をふっ切れていないことは一緒にいるとよく分かる。

これ以上大好きな人を裏切ることはできない。
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