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女社長 飯谷菜緒子
第4章 初体験
菜緒子はそっと首を横に振った。

「あたしなんかよりずっと先生のことが好きで愛している人がいる・・」

菜緒子から志乃のことを聞くと景嗣は固まった。志乃が自分にそういった感情を持って接しているとは夢にも思わなかったようだ。

あたふたする景嗣を見て菜緒子は思わず吹き出した。こんなに心の底から笑ったのはいつ以来だろう。翔也や透真がいなくなってからはこんなに笑ったことはなかっただろう。

「本当に全然志乃の気持ちに気づかなかったの?これっぽっちも?先生、本当にアンドロイドじゃないの」

と愉快そうに笑ってはしゃぐ菜緒子は景嗣が初めて見る女子高生っぽい姿だった。

「アンドロイドじゃない、鈍感なだけだ」と景嗣が少しムキなって言うと、

「自分で鈍感だって、自爆しちゃってるよ」と菜緒子はまた愉快そうに笑う。

「まいったなぁ、これは」と景嗣は肩をすくめて見せる。

ふたりは笑い合った。

景嗣は志乃の想いを受け入れることに決めた。
こんなお節介なことをして志乃に嫌われるかと心配でもあったが、菜緒子にとっては志乃を裏切ったことへの精一杯の償いであった。

そして菜緒子はこのホテルの名前がclimbだということに初めて気づいた。climb・・罪。今の自分たちにはぴったりの名前だと思った。

と同時に自分たちがしていることは罪だけなのかとも思っていた。不貞とかということからすれば罪なのかも知れないが、愛だって確かにあるんだ。しかしそれは綺麗な愛ではないだろう。愛も汚れれば罪になるのか?そんなことを菜緒子は自問自答していた。

翌日菜緒子は昨夜見たことを志乃に伝えた。

景嗣の婚約者が他の男と情事を重ねて景嗣に見咎められても開き直るような酷い女であること、景嗣の言ったとおり親が勝手に決めた結婚だからそこに愛はまったく存在しないことを伝えた。

当然のことながら景嗣との一夜のことは伏せておいた。

だから亡くなった恋人にはとても敵わないとは思うが、景嗣にだって心の支えになるような人が必要に違いないと言ってみた。

志乃は最初は怒りに震えていた。そんなに酷い女と結婚しなければならないなんて景嗣が可哀相すぎる。その酷い女や景嗣が背負わなければならない残酷な運命、そんな運命を作り出した景嗣の親に対する怒りで震えていた。

少し落ち着くと自分がそんな景嗣を癒せる存在でありたいと言い出した。
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