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女社長 飯谷菜緒子
第8章 愛人契約
信彦は彼にとっての本題を切り出した。
部屋が取ってあるという。

菜緒子は内心ほらきたと思った。

「飲むだけでございますよ」と菜緒子は色っぽい仕草で言った。

「勿論じゃ。もうしばし楽しく歓談がしたいだけじゃ」

まるでまだ体の関係になっていないカップルの男が何もしないからとホテルや自分の部屋に連れ込む時のようで、菜緒子は笑ってしまいそうになるのを堪えた。

そわそわしちゃって、まるで経験の少ないうぶな男みたいである。もう50を越えているのに半分以下の年齢である自分のことでうぶな男のようになってしまうと思うとなお可笑しくなる。

部屋に入ると飲み直しができるような支度もしてあるが、座敷には布団が敷いてあって、少し薄暗いような照明になっていて情事的な雰囲気を醸し出している。

「部屋で飲むと言ったのに、何か余計な気を回したようじゃな、まったく」と信彦は盛大に笑って布団が敷いてあるところのふすまを閉めた。

その盛大な笑から布団は自分が頼んだものだと顔に書いてあるようなものだ。

部屋での飲み直しだからふたりの距離がぐっと近くなる。菜緒子の胸元や少し着崩れてきた足下を見て信彦はゴクリと唾を飲んでばかりだ。

酌をしようとしてわざと手をすべらせて信彦の手に当たるようにしたら信彦はそのまま菜緒子の手を取った。

「何かの勘違いだとは思うが、せっかく女将が気を遣ってくれたのを無下にするのも何だしのお・・」と信彦は閉めた襖の方を見る。

まるで子供みたいなことを言うと菜緒子はますます可笑しくなるが、ぐっと堪えて凛凛しい表情を貫いた。

「私はそういう女ではございませんので」と菜緒子は冷たく言い放つ。

「分かっておる。一時の気の迷いでそのようなことをするつもりは全くない。一生大事にしたいと思っている」と信彦は深々と頭を下げた。

要するに愛人として一生大事にすると言っているのだ。

「他にいっぱい女の人がいるくせに」と菜緒子は拗ねたように言う。

「そんなにいっぱいはおらん」と言ってしまい信彦はしまったというような顔をする。

そんな信彦の様子を見て菜緒子はくすっと笑った。

「正直なお方ですね。正直な男の人は好きですよ。誠実な証ですから」

菜緒子の笑顔に少しは脈があると信彦は興奮する。

「他の愛人とはすべて別れる。だから・・」

信彦はまた深々と頭を下げる。

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