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滲む墨痕
第2章 顔筋柳骨

 会社を辞めた誠二郎とともにこの地に越してきたのは、社長の病を知らされたあの夏の日から三ヶ月後の十一月下旬に差しかかる頃だった。

 男は一度心に決めたら揺るがないと聞いたことがあるが、頼りないと思っていた夫が初めて見せた強い決意の表情を目の当たりにし、潤はそれを実感した。そして、自分に残された選択肢がたった二つであることを思い知った。
 拭いきれない不安を抱えながら彼と一緒に故郷に帰るか、別れるか。それは選択の余地などほとんどないことを示してもいた。

 旅館の敷地内にある誠二郎の実家の離れを借りる形で慌ただしく生活が始まり、誠二郎はさっそく若旦那として、潤は若女将、ではなくとりあえず仲居として仕事を覚えることになった。
 それからもう三週間、髪を結い、帯を締めて働く毎日を過ごしている。

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