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滲む墨痕
第2章 顔筋柳骨

 野島屋では客の出迎えから見送りまでを同一の仲居が担当する。
 流れとしては、午後からチェックイン客の出迎え、部屋への案内やお茶出し、夕食準備、配膳と下膳、布団敷き。夜十時頃に帰宅し、翌朝六時には出勤して、朝食準備に配膳と下膳、チェックアウトした担当客の見送り、客室清掃や備品の補充をし、午前十一時頃から四時間ほどの休憩に入る。

 二年間専業主婦だった潤は仕事をする感覚を取り戻すことに苦労したが、それ以上に、老舗旅館で働くという人生で初めての経験に神経をすり減らされた。本式着物の着付けとそれで長時間動き回ること、慣れない所作や客との間合いのとり方に悩み、体力も気力も奪われた。
 日々の業務に社長の入院も重なったことで、女将も少なからず心労と焦りを抱えているようだった。「潤さん」と名前を呼ぶ透きとおった声と、こちらを見るその冷静な瞳に苛立ちのようなものが見え隠れするたびに、いつ追い出されるだろうかと戦々恐々としている。

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