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滲む墨痕
第2章 顔筋柳骨
おそらく藤田千秋であろうその男が、形のよい唇を薄くひらいた。
「野島潤さん」
電話と同じ声だ、と心の中で呟き、潤は「はい」と返す。
「すみません。もしかしてお忙しい時間でしたか」
「いや、違うんです。どうぞ中へ」
「はい。失礼します」
広い土間に足を踏み入れると、藤田が玄関の戸を閉めた。
「寒かったでしょう。本当に申し訳ない」
「お気になさらず」
潤が仲居の仕事で鍛えられた柔らかな笑みを返すと、藤田は頭の後ろを掻きながら目尻に皺を寄せて苦笑した。
「作業に没頭してしまって音が聞こえませんでした」
「あ……すみません。集中されているところを邪魔してしまって」
「いやいや、とんでもない。悪いのはこちらです。さ、上がって」