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滲む墨痕
第4章 一日千秋
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古いが大きくて立派な木造二階建て家屋。その隣にひっそりと並ぶ、こぢんまりとした平屋――野島家の離れに帰ってきた潤は、玄関戸の前に立ち、ハンドバッグから鍵を取り出した。鍵穴に差し込んで回し解錠すると、からからと引き戸を開けて中に入った。
戸を閉め、静寂の中でため息をつく。近頃はここに立つたびに思うのだ。結局また帰ってきてしまった、と。
玄関戸のすりガラス越しに射し込む昼下がりの光を背に立ち尽くしていると、藤田の家の広くて寒い土間が思い出された。そうなると次々に縁側や和室の映像が甦り、藤田の声と感触が溢れて全身に襲いかかってくる。
潤は、雪のついたレインブーツを片足ずつ乱暴に引っ張って脱ぎ捨てながらそそくさと家に上がった。