この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
滲む墨痕
第4章 一日千秋
それを何度か繰り返して墨の海を作ると、潤は固形墨を置いて深く息を吐き、冊子を手にした。
誠二郎に見つからないよう日時を指定してネット注文した、顔真卿・多寳塔碑(たほうとうひ)の法帖。顔法入門に適していると藤田が言っていたものだ。
これまでそれを手本に独自に臨書を進めてきた。筆遣いがわからなければその都度調べ、顔真卿の書風に少しでも近づけるよう納得がいくまで練習を重ねた。
藤田から教わりたいと何度思ったことだろう。この線はどう運筆すれば出せますか、この文はどのような意味を持つのですか、また連絡すると言っていたのは嘘ですか――。すべての疑問を呑み込んで、ただ書と向き合ってきた。
昨日の続き『宿命潛悟』から始まるページをひらいてたもとに置き、その筆法を食い入るように観察する。見ているだけでも充分愉しめるが、潤は筆を取った。穂に墨を吸わせ、黒く艶めくそれを硯の縁で丁寧に整えると、腕を構えて深呼吸し、白い紙に静かに穂先を降ろした。