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滲む墨痕
第4章 一日千秋
耳を撫でる、筆が紙の上を這うかすかな音。空気の流れを感じさせるそれは、胸の中を清々しく吹き抜けてゆく。
しかし、強風には程遠い。顔真卿の書、あるいは藤田の『潤』を目の当たりにした瞬間の、あの激しい風の揺さぶりには到底及ばない。なにもかもが足りない。強い憧れだけを頼りに、潤は迷いを跳ね除けるように筆を揮(ふる)った。
最後の一画を打ち込むと、書き終えたばかりのそれと一度目の書を見比べる。より抑揚のある線質になり、生き生きとして見える。だが、ひどく感情的で、醜い字だった。
「……ふふ」
自然と口角が上がり、笑いが漏れた。悲観的な笑いではない。
潤は携帯で書を写真に収めると、メッセージを添えて藤田に送った。
“できました。おかしな字でしょう?”