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滲む墨痕
第2章 顔筋柳骨
さらに俯くと後れ毛がまた落ちてきた。すばやく耳にかけた直後、低い咳払いが聞こえ、藤田が言った。
「一度自由に書いてみてください。僕は少し離れたところにいます。わからないことがあったら訊いてください」
そう言い残し、立ち上がった藤田は潤の視界からいなくなった。裸足で畳を踏む音が後方に移動し、そのどこかに座る気配がして、部屋は静けさに包まれる。
潤は、筆を取った。斜めに傾けて墨に浸し、穂の根元までたっぷり含むよう筆を回転させる。乾いた毛が漆黒に濡れたら、毛先に溜まった墨を硯の縁で撫で落とし整える。
親指、人差し指、中指の三本で筆の軸を持ち、薬指と小指で軽く支える。穂を真下にして真っ直ぐにし、肘を机から離して、机と肘が水平になるように構える。
少しだけ背後が気になるが、目の前に神経を集中させる。この言葉を半紙に書くのは初めてだ。小学生の書き初めで使った紙とはサイズが違う。大きく縦一行ではなく、二行でバランスよく書かなければならない。潤は白い半紙に完成形を思い浮かべ、小さく息を吐いた。