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滲む墨痕
第5章 尤雲殢雨
柔らかな雪の深みに足をとられて、つっかけが脱げた。
バランスを崩した身体は前に倒れ、あっと叫ぶ間もなく目の前に白銀が迫る。とっさに落とした膝と両手が雪にのめり込んだ。
一瞬の鋭い冷感と同時に生じた、女将の小紋と羽織を濡らしてしまった恐怖に、潤は慌てて立ち上がった。
一面の銀世界が、野島家の広い敷地を余計に広く感じさせる。
小さく息を吐き、振り向くと、着物にはふさわしくない履物に一歩近づき、濡れた足袋を纏った足を入れた。そこから続く自分の足跡を視線で辿れば、十メートルほど先にある離れが視界を邪魔する。玄関の戸が少しだけ開いている。
脳裏に甦るのは、そのわずかな隙間から見えた男女のまぐわい。
潤は身をひるがえしてふたたび走りだした。