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滲む墨痕
第5章 尤雲殢雨
携帯を取りに戻っただけなのだ。風呂から上がり、脱衣所に用意されていた肌襦袢に腕を通していたとき、離れに置き忘れてきたことをふと思い出して。女将の言った“敷地内に入ってきた無礼者”が藤田なら、連絡が入っているかもしれないと思った。
夫の気配を感じたら静かに引き返そうと決めていた。玄関の前に近づいた瞬間、夫の名を叫ぶ女の声が聞こえた。直後、夫がその女の名を呼び返した。
確かめずにはいられなかった。あきらかに互いを求め合う声をあげたその男女が、本当に自分の知る二人なのか。
膝立ちで腰を振る男の姿を後ろから見たのは初めてだった。引き締まった小ぶりな尻は小刻みに震え、ときおりなにかを捕らえるように深く突き上げられ、その動きに合わせて女の喘ぎも色を変えた。
男の身体の向こうに見えた、淡浅葱色の生地――。
女の腕を引いていた男は、やがて女の身体を抱きしめて腰を激しく振りはじめた。
男の肩からわずかに覗いた、見覚えのあるまとめ髪――。