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滲む墨痕
第5章 尤雲殢雨
迎えにきた母が抱きしめてくれるのではないかと、心のどこかで期待していた。痛かったね、もう大丈夫よ――そんな言葉を願っていた。
しかし、母の第一声は娘たちではなくおばあさんに向けられた。
――お騒がせしてすみません。
おおらかに笑うおばあさんに、母は矢継ぎ早に話しつづけた。
――こんな、たいしたけがでもないのに大泣きしたんでしょう……。
そのときはじめてこちらに向けられた母の視線は、静かな怒りと失望に支配されていた。
――お母さんが大変なときに勝手なことばかりして! いい子にしないなら東京連れていかないわよ!
家に連れ戻されたとたんに頭上から降ってきたのは、すべてを壊す金切り声だった。
打ち砕かれた願望を胸に隠したまま立ちすくんで泣く妹の隣で、姉は「じゃあ行かない、お父さんたちといる」と言い放った。母が泣き崩れるのを、姉は冷めた目で見つめていた。
その一件が決め手となり、姉妹は離ればなれに暮らすことになった。