この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
滲む墨痕
第5章 尤雲殢雨
寒さに身体が震え、潤は思わず足を止めた。凍える手を吐息であたためると、その場に呆然と立ち尽くした。
なにかあるたびに思い出すのは、人生の岐路に立たされた五歳のあの夏の日。
姉には意志があった。幼いながらも、自らの意志で状況を変えようとし、自らの意志で居場所を選んだ。
あの田舎町で、彼女は地元の男性と結婚した。子宝にも恵まれ、すでに当時の自分たちと同い年くらいになる姉弟がいる。
いつか彼女は言っていた。自分の選択を後悔していない、と。綺麗な笑顔で。
どうしようもなく逃げたくなったとき、どこへ行けばよいのか自分にはわからない。姉のように意志を持つことができなかった事実が、ふとした瞬間に甦り、何者にもなれない自分を嘲笑い、足をすくませるのだ。