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滲む墨痕
第5章 尤雲殢雨
静けさの中、後方から音が聞こえた。タイヤが濡れた道路の上を走る音だ。
なにげなく振り返り、視界に見覚えのある黒のSUVを認めた瞬間、心臓がどくりと胸を叩いた。あの人の車とは限らない。しかし、潤は一刻も早くその場を離れようと思った。近づいてくる車に背を向けて歩みを速め、とっさに見つけた脇道に入った。
両側に朽ちそうな石壁や古い建物が並ぶ、ひっそりとした細道。雪の残る手入れのされていない石段を、着物の裾を踏まないよう手で持ち上げながら上る。先は薄暗く、あたりに悍ましげにそびえる竹林に呑み込まれそうだ。
――早く、早く、どこでもいいから……。
横から突き出た枯れ木が目に入り、その陰に身を隠してしばらく待つことにした。
寒い。陽も沈みはじめている。ときおり吹く冷たい風が、背後の竹林をざわつかせる。怖い。だが、あの車が通り過ぎるまでは出ていけない。