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滲む墨痕
第5章 尤雲殢雨
「せんせっ……」
慌てて駆け寄り、着物が濡れることも忘れて雪の石段に膝をつく。
そこで諦めたように座り込んでいる藤田が、「潤さん」と小さく呟き微笑んだ。髭こそ生やしていないが、髪は初対面のときのようにぼさぼさだ。
「大丈夫ですか」
「うん。よかった……日が暮れるまでに見つけられて」
その吐息まじりの言葉は、今まで温泉街を探し回ってくれていたことが窺える。
「でも、どうして私が逃げ出したことを……」
思わず疑問を口にすると、藤田が苦笑した。
「敷地内に入ろうとしたところで女将さんに追い返されてしまいましたが、帰る気にもなれず、しばらくあの駐車場で待っていました。もし潤さんから連絡があったら、いつでも駆けつけようと。それからなにもなく三十分が過ぎました。とうとう耐えられなくなって、こっそり侵入してしまったんです。こんな身なりですし、誰かに見つかれば通報されていたかもしれません」