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滲む墨痕
第5章 尤雲殢雨
狭い茂りに集中して圧力をかけながら円を描く。核心を突かない刺激と、なにかを訴えかけるような深い眼差しが迫る。
恥じらいに身をよじり弱々しく視線を下げると、目の前にある形のよい唇がひらいた。
「野島屋には……野島誠二郎には、もう近づかないほうがいい」
抑揚のない口調で、彼は言った。その口から夫の名前を聞いたのは初めてだった。
「どうして……」
思わず疑問がこぼれた。
夫についてなにかを知っているような口ぶりに、なぜ、と純粋に問いかけただけだった。しかし、藤田には夫を庇うための言葉に聞こえたのかもしれない。その精悍な顔にかすかな険しさを滲ませた彼は、ため息をつくように言った。
「あなたはそれでも愛しているのか……」
愛――もはや身に覚えのないその言葉に混乱し、潤は首を小さく左右に揺らした。
真意をはかりかねて焦れているような瞳に、物言いたげに薄くひらかれる唇。だが藤田はそれ以上声を発することなく唇を結び、目を伏せた。