この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
「あの……先生は再婚なさらないのですか」
「は?」
唐突に不躾な質問をされ、思わず失礼な返事をしてしまった。ふさわしい言葉を探してみるも思い浮かばない。
そのとき、後ろから「千秋先生」と呼ぶ声がした。振り返れば、綾華が呆れ顔で柱に寄りかかっている。だが自分の役目は終えたとばかりにすぐ背を向け、すっきりと一つに結われた髪を揺らして部屋の中に消えた。
「小川さん、すみません。そろそろほかの子供たちも来る頃ですので」
母親に向き直り極力優しい声色で言うと、彼女は諦めを示す息を吐いた。
「そうですね。私、余計な話までしてしまって……気になさらないでくださいね」
「いえ。ではまたのちほど」
「はい……」
かすかに気まずそうな声を返した彼女は、気を取り直したように強い眼差しと笑みを向けると、「綾華をよろしくお願いします」と言い残し帰っていった。