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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
「……やだ、美代子さん。あの人と同じこと訊かないでください」
「あの人? あ、若旦那様か」
潤がわずかに顔をこわばらせると、美代子は「うふふ」と上品に笑い、妖艶な眼差しをよこした。
「肌つやがいいのは、そういうわけだったのね」
「えっ」
「隠さなくていいのよ。そっか、若旦那様はイケメン書道家に嫉妬したんだ。それで、ね」
「美代子さん……」
「いいじゃない、夫婦なんだから。羨ましいくらいよ」
美代子は清々しい微笑みを浮かべると、ふだんのさわやかな美人仲居に戻った。
「そろそろ時間ね。別棟の宴会場は忙しいと思うけど、私たち客室係はいつもどおりの仕事をしましょう」
「はい」
頼もしい先輩に、潤も笑みを返した。
後ろから獣のように突き上げてくる夫が怖かった。最後のほうはただ痛みに耐え、感じたことのない恐怖にひっそりと涙を流した――。いくら親身になってくれる美代子にも、それだけは言えない。