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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
そのとき、更衣室の扉をノックする音がした。扉の向こうで、「すみません」と誠二郎の声がする。
「そこに潤はいますか」
その固い声に、潤は美代子と顔を見合わせた。ほかの仲居たちも黙り込む。
野島屋で働きはじめてから、こうしてわざわざ誠二郎が呼びにくることは初めてだった。午前中の仕事でなにかまずいことでもしてしまったのだろうか、と不安を覚えつつ、心配そうな美代子に無言で頷いてみせ、潤は部屋を出た。
黒いスーツの上に野島屋の藍色の法被を羽織った姿の誠二郎が、俯き加減で佇んでいた。潤は扉を閉め、硬い表情を浮かべるその顔を覗き込む。
「どうしたの」
小声でおそるおそる尋ねてみると、遠慮がちに目を合わせてきた誠二郎も声をひそめる。