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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
「あ、お姉さん、ちょっといい?」
下座付近の客のところに料理を出して戻ろうとしたとき、近くにいる五十代くらいの恰幅のよい男性に呼び止められた。
「いかがなさいましたか」
なにを言われるだろうかと内心びくびくしながら、潤は着物の膝を落とし微笑んでみせた。
男性は、細長い付出皿に少量ずつ取り合わせた八種の料理のうち、左から二番目の一品を指差す。
「これはなに?」
「そちらは、旬のカマスを若狭焼きにしたものでございます」
「へえ、カマスかあ」
男性は感心したように呟き、「ありがとう」と笑った。潤も柔和な笑みを返し、胸を撫で下ろす。
それと同時に、美代子なら、という思いが浮かんだ。彼女なら、こうして不意に料理について尋ねられたとき、食材の特徴や味についても詳しく説明することができるだろう。