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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
空になった皿を下げ、次の料理を運ぶ。合間に酒の追加注文を聞き、「この料理に合う日本酒を」と言われれば急いでベテラン仲居に訊きにいく。迅速な、しかし丁寧な対応を心がけた。
季節の魚介のお造りや地産の和牛を使ったすき煮など、料理長自慢の料理が並ぶ膳を前に、酒が進む客たち。
そんな中、追加の瓶ビールを下座付近の客に届けると、さきほど料理について尋ねてきた男性が「お姉さん」とふたたび声をかけてきた。
「来てくれたついでにお酌してほしいな」
「あ……」
「おばちゃんより、若くて可愛い子に注(つ)いでもらった酒のほうがうまいからさ」
ふっくらとした狸顔をにやりと緩めた男性の隣で、おそらく男性と同じくらいの歳の眼鏡をかけた女性が、苦い顔で「失礼ね」と呟いた。