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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
細い道の先に人影が見えた。こんな雪夜に知らない人とすれ違うのはなんだか気まずい。そう思った潤は、踵を返して歩みを早めた。
「潤さん?」
「……っ」
ひくっと肩を震わせ、振り返る。自分の名前を呼んだ優しい声の主が、足元から放たれる柔らかな光にその洗練された姿を晒されている。
「はは、やっぱり潤さんだ」
「先生……」
「こんなところでなにを――っ」
小走りで向かってくる藤田が、濡れた石畳に足を滑らせ前のめりになった。驚いた彼が「わっ」と声をあげるのとほぼ同時に、潤の身体にぶつかるようにして接触した。
「きゃっ!」
そのまま二人で後ろに倒れてしまうと思ったが、藤田がしっかり抱きとめてくれたおかげでそれは免れた。
厚い上着越しに、人のぬくもりを感じる。あたたかなそれは互いの間に降る雪を溶かす。背中を支える大きな手は、なかなかそこを離れようとしない。
「先生……走ったら、危ないですよ」
「ごめん。気を抜いていました」
藤田は昨日より親しげな口調で答えた。頭のすぐ上で響いた低い声に酔ってしまわないよう、潤はすばやく身を引いて藤田から離れた。