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官能書道/筆づかい
第1章 蔵鋒
 障子を通して、ほのかに夕日がさしている。
 筆立ての影が、斜めに机上を横切る。
 淡いオレンジ色に染まった紙の上に、書かれた文字が美しく踊った。

 ――不落不昧

 力強い筆意が伝わってくる見事な書だった。

 もともと禅の公案集『無門関』にある「不落因果、不昧因果」の逸話をもとにした格言だ。
 修行を積むことで因果を超越できる。その浅慮のため野狐となり果てた老人が、高僧の「因果に昧《くら》からず」の言に悟って、人にもどるという話からきている。
 因果に落ちないように足掻くのでもなく、因果を知ろうとして囚われるのでもなく、因果をそのまま受け入れなさい、という訓《おしえ》である。

 涼子は筆を置くと、しばらく擱筆《かくひつ》した書を見ていた。
 ややあってから静かに息をつき、鹿島のほうを向いた。
 にこりともしない。

「お久しぶりです」

「こちらこそ」

 鹿島もゆるりと頭を下げる。

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