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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
それから週に2回、小春の息子の春海を本郷から浅草の道場まで送迎する日々が始まった。

夕方、本郷の家に二人を迎えに行き、市電に乗る。
道場に着くと稽古を見守り…或いは近くのカフェや甘味屋で小春と時間を過ごし…そして、また本郷の自宅まで二人を送る。

小春は謝礼を払うと言ったが、鬼塚はもちろん頑として断った。
「俺が勝手にやっていることだから、気にするな」
小春は困ったように思案していたが、思いついたように提案した。

「…では、お稽古の間、私とお茶をご一緒していただけませんか?」
思わず息が詰まるほどに驚いたが、断る理由もなくぎこちなく頷いた。
「…わ、わかった…」

鬼塚は二人の送迎をするようになって、無造作に伸ばしていた髪を切った。
浅草の呉服屋で紺の紬の着物を買った。
それを黒い長着の上にきちんと着込む。
背が高く、姿勢の良い鬼塚にそれは良く似合った。
美鈴の馴染みの女将は歓声をあげた。
「こうして見ると、あんたは随分男前なんだねえ。
鬼塚さん、あんた美鈴ちゃん以外にイイ人でもできたのかい?…まったく罪な男だねえ」
「…そんなんじゃない」
鬼塚は無愛想に呟いた。
帝大医学部の教授夫人がやくざ者のような男と歩いていると噂が立ったら、小春たちに迷惑をかけてしまうからだ。

…それだけだ。

…ふと目に留めた小物が並べられている棚に綺麗な珊瑚の髪留めがあった。

鬼塚はふと思う。
小春は桃色が好きだった。
宝物にしていたリボンは鬼塚がまだ持っている。
…小春に買ってあげたいな…。

しかし直ぐに首を振る。
…馬鹿な…。
小春は良家の奥様なんだ。
あんな安っぽい髪留めなんかあげてどうする。
第一、そんなことをしてあの優しそうな旦那に不審がられたら小春が可哀想だ。

鬼塚は少し考えて、その隣にあった鼈甲の簪を買った。

帰宅して、美鈴に黙って渡した。
美鈴はまず、こざっぱりとした様子の鬼塚に驚き、それから簪をじっと見つめた。
「…これ…」
鬼塚は貌を背けてぼそりと呟いた。
「…お前に似合いそうだったから…」
美鈴は子どものように抱きついてきた。
「…嬉しい…ありがとう…。うち…これ、大事にする…!ありがとう…大好き…あんた…」
見上げたその目尻の泣きぼくろは涙で濡れていた。

…やっぱりこの泣きぼくろは綺麗だな…と、鬼塚はそっと指先で拭ってやった。








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