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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
…いつのまにか嫋やかで臈丈けた匂い立つような大人の女性に成長した小春は、はにかみながら頷いた。
「ええ。大好きなのです。
…でも、春海の前では食べられなくて…。
春海はおなかを壊しやすいので、アイスクリームを我慢させているのです…」
二人は思わず貌を見合わせて笑った。

今日の小春は白いレースの襟がついた春らしい淡い桜色のワンピースを着ていた。
長い髪を紺色のヘアバンドで留めて、肩に下ろしているそのさまはまるで女学生のような可憐さであった。

「…旦那は…俺のことを気にしてはいないか?」
一番気掛かりなことを尋ねてみる。
…いくら息子を助けたとはいえ、素性も知れない怪しげな男を用心棒に付けるなど…鬼塚ですら、如何なものかと思うくらいだからだ。

小春はきっぱりと首を振り、真っ直ぐ鬼塚を見た。
「いいえ。主人は何も申しませんわ。
…主人は私の意思を一番に尊重してくれます。私を信頼してくれているのです。
…それに…」
小春は一瞬、思い倦ねたような表情をした。
しかし、直ぐにその薄く紅が塗られた形の良い唇を引き結び、はっきりとした口調で語り出した。
「…私、実は男性が怖いのです。
父と、主人以外の男性とは、口を聞くことも苦痛でした。見ず知らずの男性とは近づくこともできませんでした」
鬼塚ははっと息を呑んだ。
…もしかして、あの忌まわしい事件の後遺症なのだろか…。

…でも…と、小春は鬼塚を見上げた。
「…貴方は…徹さんは違いました。
最初から…まるでずっと昔から知っているような…不思議なお懐かしさを感じたのです。
…少しも怖くなかった…。
いえ、むしろ…お目にかかる度に嬉しくて…安心するような気持ちになるのです…」

胸が一杯になる気持ちを抑え冷静さを保ちつつ、今思い出したように切り出した。
「俺もふと思い出したんだが、数年前に偶然にあんたの実家の前で会ったことがある。
…そのことを覚えていたんじゃないか?」

小春はああ…!と合点をいかせた。
「私の日傘を拾って下さった軍人さん…あの方が徹さんだったのですね。
…そう…ですね…。それでお懐かしかったのでしょうか…」
やや納得しかけた小春に、鬼塚は密かに胸を撫で下ろした。

…良かった…。
小春は昔の俺を思い出してはいない…。

…思い出させる訳にはいかない。
それは…忌まわしい悪夢を思い起こすことになるのだから…。

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