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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
小春は様々なことを話してくれた。
春海のこと…。
春海は
「お母様を守る為に強くなりたい」
と言って剣道を始めたということ…。
そんな息子を、目の中に入れても痛くないほどに可愛がっている様子も手に取るように分かった。

…そして、夫のこと…。
岩倉とはとても仲睦まじい夫婦のようだった。
「…主人は私のことをとても大切にしてくれます。
私も…主人を愛しております…。
…まさか…主人と結婚出来るとは思っていなかったものですから、プロポーズされた時は…夢のようで信じられませんでした…」
恥じらいながら潤んだ瞳で告白する小春を、綺麗だな…と思わず見惚れた。
少し、岩倉に嫉妬した。

そして両親のこと…。

「…私は養女なのです。クリスチャンだった両親が、たまたま訪れた病院に入院していた身寄りのない私を引き取り、養女にしてくれました。
両親は、とても私を愛して可愛がってくれましたが…空襲で亡くなりました…。
…私は京都に嫁いでおりましたので、死に目にも逢えず…それが心残りです…。…両親にもっともっと親孝行をしたかった…」

小春の白い頬に透明な涙が静かに伝う。
鬼塚は思わず、小春の手を握りしめていた。
「泣くな。…あんたはきっと親孝行をしている。幸せな家庭を築いていたことを、あんたの両親はきっと喜んでいたはずだ」
小春は躊躇わずに鬼塚の手を握り返した。
それは全く邪念のない…鬼塚の存在を確かめるような動きであった。
…十数年ぶりに、触れた小春の手は白絹のように滑らかで透き通るようだった。
鬼塚の鼓動が速くなる。

「…不思議ですわ。徹さんは私のことは何でもご存じみたい…。
…こうして貴方の側にいるだけで、心が寛ぐような…それでいて…なんだか切なくて、悲しいような…。
もちろん、よこしまな気持ちではないのです…。
貴方のような方、初めてですわ…」

鬼塚はわざと無造作に小春の手を振りほど、椅子から立ち上がる。
「そろそろ稽古が終わる時間だ。道場に戻ろう」
…小春に俺を思いださせてはならない…。
俺を思い出せば、きっとあのことを思い出してしまう…。
…あの悪夢のような夜を…。

鬼塚は小春を見つめ、言った。
「ここは俺に払わせてくれ」
小春は慌てて首を振る。
「そんなわけには…!」
鬼塚は小春に背を向け、懇願するように告げた。
「…払わせてくれ。…俺が払いたいんだ…」
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