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いつかの春に君と
第1章 桜のもとにて君と別れ
「ご親切にありがとうございます。…京都から出てきたばかりで…道に迷ってしまいましたの。
しかもはぐれた乳母が足を捻り、戻るまでに時間がかかってしまいました。
貴方様が助けて下さらなければ、息子はもっと危険な目に遭っていたかもしれません。
感謝してもし足りませんわ」

…にいちゃん…!
うち、道に迷ってしもたんよ…!
小さな頃、よく迷子になっては泣きべそをかいていた小春を思い出し、胸が締め付けられた。
「泣くな、小春。ほら、にいちゃんの背中につかまれ」
…あの頃は鬼塚が妹を慰めながら背中に背負い、家路に着いたものだった。

「…どこに行きたかったんだ?」
わざとぶっきらぼうに尋ねる。
「道場ですの。この子が今日から主人の知人の道場で剣道を習うことになっておりまして…。
この神社の近くにあるはずなのですが…」

…道場。
鬼塚はすぐに合点がいった。

「…この神社の裏手だ。案内しよう」
小春は眼を見張り、長い睫毛を瞬かせて眩しそうに微笑んだ。
…小春が嬉しい時にする癖であった。
変わらない妹の仕草に、鬼塚は胸の奥が白湯を飲んだ後のようにじんわりと温かくなるのを感じた。


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